ITシステムを構築するための「長く険しい道のり」

 下図は、企業内のサーバーでアプリケーションを動かし、社員はパソコンなどのブラウザーからアクセスして利用する、ネットワークコンピューティングの形で運用されるITシステムの構造を簡単に表したものです。グループウェアや財務管理など、このような構造のシステムを利用している企業は多いでしょう。

 ここで、同じ構造の新しいシステム(会議室予約システムなど)が必要になったとき、どのような流れで構築を行うことになるか、考えてみましょう。

 まず、具体的なサービスの仕様策定から始まり、仕様通りのサービスを提供するにはどのようなアプリケーションが必要か、そしてそのアプリケーションを動かすOS、ハードウェアはどうするかと、(3)〜(1)の順に検討を行います。例えば、OSはアプリケーション開発者が使い慣れているLinuxで、1,000人程度が利用することを想定して強力なマシンを使う、などです。その後はハードウェアの導入、OSのセットアップ、アプリケーションの開発と、(1)〜(3)の順に作業を行い完成に至ります。

 一方で、1つのシステムを構築するには多くの手順を踏まなければならず、多くの関係者との調整も必要になります。ハードウェアの管理は社内のネットワーク管理部門、アプリケーションの開発は外部のベンダー、実際の運用は総務課のスタッフが担当といったように関係者が増えていき、それに伴って調整作業の手間も増えていくのが通例です。

●一般的なITシステムの構造

クラウドの技術を応用した3つのアプローチ

 このように、ITシステムの構築には非常に多くの時間と手間がかかります。しかし現在、クラウドコンピューティング自体またはその関連技術を利用し、「構築(=導入)スピードの向上」「運用の効率化によるコストダウン」などを実現するサービスやソリューションが登場しています。

 それらのサービスやソリューションには、ITシステムのどの部分を省略または簡略化するかの違いで、「SaaS」「PaaS」「仮想化」という3つのアプローチがあります。

企業が必要なサービスだけを提供する「SaaS」

 1つ目のアプローチ「SaaS(Software as a Service)」は、ユーザー企業に「サービス」だけを提供します。先ほどの例で言えば、サービスの仕様を策定し、必要な仕様を備えたサービスを導入するだけで、ITシステムの導入が完了します。

 (1)〜(3)の部分はサービスの提供事業者が引き受けるため、ユーザー企業は自社内にサーバーを置く必要がありません。そのため、ネットワーク管理部門や開発を依頼する外部のベンダーは不要になり、大幅なコスト削減と導入スピードの向上が期待できます。また、これまでIT技術者がいなくてシステムの構築ができなかった企業でも、導入が容易になります。

 SaaSはレッスン4で述べた「クラウドのサーバーを利用したアプリケーション」の形で提供されるもので、Googleの各種サービスとも同じアプローチです。ただ、個人向けサービスでSaaSという言葉が使われることはあまりなく、企業向けのシステムで使われることの多い言葉です。

 SaaSの代表的な企業は、レッスン4でも紹介したセールスフォースです。自社のクラウドのサーバーでアプリケーションを動かし、「Salesforce CRM」というCRMのサービスを提供。世界で5万社、110万ユーザーの実績があります(2009年1月現在)。

 「お仕着せのサービスでは使いにくいのでは?」といった不安もあるかもしれませんが、Salesforce CRMは高いカスタマイズ性を特長の1つとしています。例えば、顧客情報に社内で利用している独自の管理コードを付加することも簡単にでき、企業ごとに違う情報管理の方式にも柔軟に対応します。

アプリケーションの開発基盤を提供する「PaaS」

 さらに、セールスフォースではクラウドのアプリケーション開発基盤「Force.com」も提供し、Salesforce CRMにはないサービスを提供できるアプリケーションを、ユーザー企業が個別に開発できるようにしています。

先ほどの例で言えば、ハードウェアやOS(=(1)〜(2))はセールスフォース側に置いたまま、SaaSよりも少し深く、サービス(=(3))に必要な部分をユーザー企業に提供する形です。高度なアプリケーションの開発を行う場合は外部のベンダーが必要ですが、ネットワーク管理部門はSaaSと同様に不要です。ITシステムの構築に必要な行程を下図のように短縮でき、効率よく行えるようになります。

 アプリケーションを実行する基盤を「プラットフォーム」と呼ぶことから、このようなサービスはSaaSに対して「PaaS(Platformas a Service)」と呼びます。Amazon Web Services やGoogleApp Engine、Azure Service PlatformもPaaSの一種です。

●PaaSの利用によるITシステム構築プロセスの変化

[ヒント]「SaaS」と「ASP」はどう違う?

SaaSは2006年ごろから流行し始めた言葉で、それ以前の1990年代後半ごろから「ASP」という似た概念の言葉があります。言葉が登場した年代、また当時はブロードバンドの普及が不十分だったこともあり、ASPのサービスは一般的に「古い」とも指摘できます。具体的には、サーバーを仮想化していないため設備投資がかさむ、マルチテナント化されていない、パソコン以外のデバイスへの対応が弱い、といった点が挙げられます。

[ヒント]セールスフォースのスローガン「No Software」の意味

セールスフォースは「No Software」というスローガンを掲げ、そのロゴマークを同社のサイトなどで使用しています。これは単に「ソフトウェアビジネスの否定」を表すものではありません。ITシステムにまつわる面倒(構築期間の長さや運用の手間など)はセールスフォース自身が負うのが当たり前で、顧客に負わせてはいけない、顧客をこれらの面倒から解放したい、という同社の考えを表したものになっています。