デバイスメーカーが感じる「クラウドの脅威」

 クラウドコンピューティングの時代、ユーザーにとってもっとも重要なものは「情報」です。情報を受け取るためのデバイスは、コモディティ化していく傾向にあります。

 コモディティ化の流れを端的に象徴しているのが、2008年に大きな話題となった5万円程度で買えるパソコン「ネットブック」の登場です。各社製品とも機能に大きな違いはなく、価格が主な競争のポイントになっています。しかし、高機能・高付加価値・高価格の製品を売ってきた日本のメーカーにとって、デバイスのコモディティ化という流れは受け入れがたい状況のはずです。

画像・動画共有サービス「Life-X」の誕生

 そのような中、「VAIO」ブランドのパソコンや、テレビ、ゲーム機など幅広いデバイスを手がけるソニーは、2008年11月に「Life-X」というWebサービスを立ち上げました。Life-Xは、ソニーの強みであるAV・エンターテインメント分野にフォーカスした、画像や動画の共有を楽しめる個人向けサービスです。

 「近い将来、これまでハードウェアが提供していた価値の大部分がインターネットの側へ行ってしまうのではないか――」。ソニーマーケティングの湯原マネージャーは、企画当時(2006年秋ごろ)、社内の一部に「ソニーのビジネスが根底からくつがえされてしまうのでは」という危機感があったと言います。「クラウドの側から、ソニー製品の付加価値を高めるためのサービスを提供しよう」。それが、Life-X開発の出発点です。

▼Life-X
http://life-x.jp/

デバイスに新たな価値を与える中間サービス

 Life-Xの基本的なシステムは、友達とつながる「フレンド」機能や写真の共有機能で、この点だけを見れば「mixi」などのSNSや「Windows Live」とよく似ています。

 しかし、Life-Xのコンセプトはこれらとは異なり、あくまでもクラウド(Webサービス)とデバイスの間をうまくつなぐための中間サービスという位置付けです。大規模なWebサービスを展開して、既存サービスと真っ向から競争することが狙いではなく、ほかのサービスと共存しながら、ソニー製品群との間をつないでいくことを目標としています。

 中間サービスとしてのLife-Xは、Webサービスからコンテンツを取り込み、それらを指定したフレンドと共有し、パソコンや携帯電話、ソニーのインターネット対応製品などで閲覧できるようにするのが主な役割です。

 コンテンツの取り込みに対応しているWebサービスには、写真共有サイトの「Flickr」「Picasa Web アルバム」「フォト蔵」、動画共有サイトの「YouTube」「eyeVio」、そのほかに「はてなブックマーク」「Twitter」「Tumblr」などがあります。

 これらのサービスが選ばれた基準は、これらから見て外部のサービス、つまりLife-Xからコンテンツの参照や投稿ができる「API」という仕組みを提供しているかどうかです。今後APIを公開することがあれば、mixiやWindows Liveなどへの対応も考えられるでしょう。

 一方で、コンテンツの閲覧ができるデバイスは、パソコンや携帯電話のほか、ソニーの薄型テレビ「ブラビア」で利用できる「アプリキャスト」、ゲーム機「プレイステーション 3(PS3)」や「プレイステーション・ポータブル(PSP)」があります。

●Life-Xのサービス概念図

ソニー製品を選んでもらうきっかけに

 Life-Xは立ち上がったばかりのサービスですが、今後は「オープン」と「クローズ」の2つの方向性で、さまざまな機能が追加されていきます。

 「オープン」はパソコンや携帯電話、iPhone、スマートフォンなどのプラットフォームに対し、開かれたサービスとして展開していくことを指します。APIを公開し、外部の開発者が自由にツールを作れるようにする仕組みが予定されています。

 「クローズ」はソニー製品との連携を深め、ソニー製品を選ぶ理由となる高い付加価値を提供していくことを指します。ネット対応の各種製品に先進的な機能を加え、「Life-Xとつながることで新しくておもしろい体験ができる」という状態を作れば、ソニー製品全体の魅力がさらに増すことになるでしょう。

●Life-Xが実現する「新しい付加価値」のイメージ

[ヒント]「デジタルフォトフレーム」もネット接続

2008年から、デジカメで撮影した写真を飾る「デジタルフォトフレーム」が人気を集めています。無線LANによるインターネット接続機能を持ち、写真共有サイトから写真を読み込んで表示できる機種も登場しており、ソニーも「CP1」というネット接続対応の機種を販売しています。今のところLife-Xとの連携機能はありませんが、写真を中心とした「コンテンツのWeb共有」に関して、今後もさまざまな新しい動き、おもしろいデバイスの登場が期待できそうです。ソニー以外の動きも盛んで、2008年12月にはデジカメで撮ったその場から写真を無線LANで転送できるSDカード「Eye-Fi」(アイファイジャパン)が登場し、話題となっています。

[ヒント]Life-Xの共有機能の特長

Life-Xの共有機能は「フレンド」との共有のみが想定されており、Web全体やLife-X会員全体への共有機能はありません。そのため、ブラビアやPSPなどを使う相手と共有するならLife-X、Web全体で公開・共有するならFlickrやYouTube、といった使い方になります。「多数のWebサービスを使うのは面倒」と感じるかもしれませんが、Life-Xでは取り込むコンテンツと共有するフレンドを最初に設定すれば自動的にコンテンツが共有され、あとは何もしなくていいという特長があります。また、Life-Xの共有機能は特定のフレンドを個別に指定でき、共有する「アルバム」に自分やフレンドの全員がコンテンツを追加することもできます。この機能を使えば、離れて暮らす家族が同じアルバムで近況を報告し合う、というような使い方もできます。このような特定の相手を指定できる共有機能や、同じアルバムにみんなで追加できる機能は、実はWindows Liveとほとんど同じです。しかし、パソコンの操作にあまり慣れていない人は、Life-Xのほうが使いやすく感じられるでしょう。

[ヒント]「API」ってなに?

「API」とは「Application Programming Interface」の略で、ソフトウェアが持つ機能を呼び出すために、アプリケーションが利用するインターフェースのことです。機能を「部品」にして、ほかでも利用できるようにしたもの、と考えるとわかりやすいでしょう。例えば、写真共有サイトに写真を追加したい場合、そのサイト以外のサイトや、第3章で紹介した「Windows Liveフォトギャラリー」からでも追加できるなど、さまざまな方法があると便利です。そのためにはプログラムを作る段階で、そのサイト以外からでも一定の形式でデータを送れば追加が可能になるよう、仕様を決めておく必要があります。その仕様がAPIで、「写真を受け付ける」「受け付けた写真を追加する」といった機能をほかのサイトなどでも利用できるようにします。Life-XはFlickrやYouTubeなどのAPIを使って、それらへの写真の追加機能を実現しています。